人生100年時代の読書の愉しみ源氏物語

📩 松田 義幸(65回生)
鶴翔同窓会大先輩の丸谷才一(1925-2012)先生は大変なあわてんぼうでした。終戦後、古本屋を覗いたときのことです。「お店の外に貼ってある折口学入門の本を下さい」「いや違います。それはお客さんの読み違いで哲学入門ですよ」。それくらい折口信夫(1887-1953)の民俗学・日本古典文学に嵌っていたのです。現在でも民俗学の分野では、柳田国男・折口信夫の研究を「柳田学」「折口学」と呼んでいます。その折口は大阪出身ですが、鶴岡出身の國学院大学教授・三矢重松(1872-1924)の直弟子でした。三矢は本居宣長の源氏物語研究を承け継ぐ稀代の国学者で、1916年に渋谷の國學院大学で公開講座「源氏物語全講会」を立ち上げていたのです。その動機です。「價なき珠をいだきて知らざりしたとひおぼゆる日の本の人」。この歌は、天下に比類のない珠(源氏物語のこと)を抱いていながら、その価値をちっとも知らずにゐる日本人はあはれなものだと言う歌意です。明治天皇親政のもとでの軍国主義が強まり、源氏物語を不敬の書物として扱う世相に対し不満の心を吐き出したのです。三矢が1924年に逝去すると、折口が軍国主義の下で國學院大學で引継ぐことに抵抗があり、慶応義塾大学に「源氏物語全講会」の場を移したのです。その公開講座は作家たちを含め大変な人気でした。一方、三矢の出身地・旧庄内藩には、軍国主義の世相であったにもかかわらず、数多い女房文学の源氏物語読書サ-クルがありました。そこで、1936年に市内の春日神社境内で三矢重松博士の「價なき珠を‥」の歌碑除幕式を折口に祭主をお願いし執り行ったのです。後に國學院大學で英文学を教えていた丸谷先生は、この折口祭主の祝詞について、「江戸時代の賀茂真淵、本居宣長、平賀元義の祝詞文章を遥かに凌ぐ、故人と出羽の文芸風土を同化させた、死者の魂を鎮める優れた祝詞文章である」と賛辞を呈していました。丸谷先生の國學院大學時代からの盟友に日本古典文学・歌人の岡野弘彦(1924-)先生がおります。岡野先生は折口の最後の内弟子です。お二人の先生は共に2008年の「源氏物語千年紀」記念に向け、交流を深めながら、「本居宣長⇨三矢重松⇨折口信夫」の国学の流れをくむ仕事に取り組んでおられたのです。そして、丸谷先生は『輝く日の宮』を、岡野弘彦先生はオンライン学習時代に相応しい『源氏物語全講会』のOCW(Open Course Ware;森永エンゼル・カレッジ)を、次世代の読書人に贈り物にしてくれたのです。現代にあって、源氏物語に限らず、読書の楽しみ方はもちろん自由です。しかしながら、大学のゼミ・テキストとなると、自由でバラバラでよいと言うわけにはいきません。私は実践女子大学の生活文化史ゼミで、お二方の先生の贈り物をテキストに用い、「本居宣長⇨三矢重松⇨折口信夫⇨丸谷才一・岡野弘彦」の流れの源氏物語を学生たちと一緒に楽しんでおりました。その自分史の回想録がこのたびの『余暇と祝祭-文化の基礎-』です。東京鶴翔同窓会の皆様に読んで頂ければ幸いです。もし何か問い合わせがあれば、giko.matsuda@gmail.comにアクセスお願いします。

山形鶴翔同窓会の庄司英樹様(64回生)より書評をお寄せいただきました

ヨゼフ・ピーパー、土居健郎、稲垣良典、松田義幸編著『余暇と祝祭-文化の基礎-』(知泉書館・2021に寄せて
松田氏(65回卒)は日本経済新聞・日経広告研究所、余暇開発センターの研究員を経て教職では聖心女子大、筑波大、お茶の水女子大、実践女子大の各大学で教鞭をとり、尚美学園大学では学長、理事長を歴任。山形県の企画部門で活躍中だった富塚陽一氏(57回卒 元鶴岡市長)は、「松田さんは城山三郎著『官僚たちの夏』でモデルの佐橋滋氏から『余暇開発センター』にスカウトされた人。大事にしたい同窓生」との紹介だった。 県は「第7次山形県総合開発計画」の策定にあたり、農林業を「明るく夢のある産業」のイメージで認識されるように「アルカディア山形」の構想を県総合開発審議会に諮問した。これは松田氏らが推進していた余暇開発を目指す方向と同じくするものであった。
編著『余暇と祝祭-文化の基礎-』には「余暇の本質」「真の余暇を実現するために」として論考が記述されている。また、第3部の「神憑り・物狂い―祝祭の美学―」では「本居宣長→三矢重松→折口信夫→丸谷才一・岡野弘彦」の古代信仰の流れを汲むプロジェクトを回想。俳句、芭蕉と「奥の細道」についての考察、ドナルド・キーン氏と小西甚一氏との交流の付き人としての思い出等を記している。中でも、「本居宣長の国学・国文学の系譜」では(1)海坂藩のモデル<出羽の国庄内の文化風土>(2)丸谷才一の詞華集から捉えた日本文学史(3)岡野弘彦の贈り物(4)丸谷才一の日本文学史三部作と「輝く日の宮」(5)本居宣長の「古事記伝」の海外への伝播(6)「源氏物語千年紀」記念行事等を網羅し、松田義幸氏の自分史とも言える内容。

『余暇と祝祭-文化の基礎-』知泉書館・2021・定価4300円+税

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